この町とウミガメ達とのあるべき関係性を一歩深く踏み込んで考える。今ある環境からできることを導き出し、多種多様な意見を取り入れなながら先へ進む
独自の経験から考えるこれからのカレッタやウミガメ達と地域との連携。これから先の未来を地域連携という新しい形で導くカレッタ学芸員田中宇輝さん
現在、うみがめ博物館カレッタの学芸員として勤務する田中宇輝さん(38)。東京都町田市出身で東海大学文明学科を卒業後、ウミガメ協議会やむろと廃校水族館などにも関わってきました。現在はカレッタの学芸員として15年以上の経験を持ち、学生時代から数えると20年以上ウミガメ達に関わっており、そのカメのエキスパートにリニューアルするカレッタに対する想いや、ウミガメ達に関するお話を聞きました。
昔から変わらない亀愛。親身になって寄り添うからこそ見えてくるものがある。学芸員田中さんの特色ある道のり
まず、初めにカレッタの学芸員として働き始めた経緯についてお聞きしました。
幼い頃から亀に興味があったと話す田中さんは、他の子ども達とごっこ遊びをするよりもカメを眺めたり、自然と親しんでいる方が楽しかったそうです。当時は亀のどんなところが好きだったんですか?という質問に対しては
「顔の模様や目の虹彩(こうさい)が好きでしたね。亀独特の甲羅を持ってる感じも良いですし、ヒーローよりは怪獣が好きだったのでそこから興味を持ったのかもしれませんね。ゴジラよりガメラの方が好きですし(笑)あと、亀って人間に例えると気持ちは優しくて力持ち的な感じがするんですよね。よくよく調べると、人間には聞こえない音域で亀同士で会話をしたりとか、人間には見えない色が見えたりするとか、魅力はたくさん見えてきます。」
と楽しそうに答える田中さん。僕らに見えている100倍、ウミガメの魅力が見えており深い愛情を感じました。
そんな田中さんは、大学時代にも亀の事を研究する為に沖縄に行ったり発掘調査を手伝ったりなど、亀と関わりの深い時間を過ごしていたそうです。その過程でウミガメ協議会を知り、独自に亀関連の本を読んで勉強をしていたそうです。そして、更に興味を持った田中さんは大学3年生の時に直接日本ウミガメ協議会にコンタクトを取ったところ、前会長の亀崎さんより面白そうだからおいでと声をかけてもらったそうです。そこで様々な情報や写真を見せてもらったり、むろと廃校水族館になる前の施設となる室戸基地で混獲の調査を手伝わせてもらっている過程でより一層ウミガメの魅力に引き込まれていったのだとか。
その後、大学の卒業論文もカメに関しての内容にしようと四苦八苦している中で、、就職活動は後回しにしていたときに、「資格を持っていて、まだ仕事がないならウミガメ博物館カレッタの学芸員として働いてみてはどうか?」と当時、日和佐うみがめ博物館の館長だった豊﨑さんから、ウミガメ協議会を経由して仕事を紹介してもらったと言います。、
豊﨑さんは、新しい事にどんどんとチャレンジする方で、若い力が入れば新しい風が生まれると考えており、ちょうどカレッタの学芸員が入れ替わるタイミングが重なったこともあり、田中さんがカレッタに来るきっかけが生まれたとの事です。田中さんは「本当にラッキーとラッキーが重なったありがたい出来事」だと話されていましたが、これまでの繋がりが田中さんをカレッタに引き寄せたようにも感じました。当時は、仕事も見つからず上手くいかない事も多々あり、卒論を完成させて一旦カメの事には区切りをつけようとも考えていたそうです。少しタイミングが違えば、今ある田中学芸員はなかったかもしれません。偶然の様な必然がここでも生まれていた様です。
これまで長い間勤めていることで感じること。そして、未来のカレッタを導く道筋を考え、行動する。
「長い間、カレッタの学芸員として勤めていて変化を感じる事はありますか?」とお聞きしました。
「町の人がウミガメを大切にしているという気持ちは常に感じていて、素敵な町だなと感じています。数十年前までは、ウミガメの産卵観察や、放流会が観光の目玉としては大きく、人気も絶大でしたが、ウミガメ保護の観点からも、やり方の見直しが求められるようになり、またそれだけでは維持管理費費的にも回しきれず、転換期が来ていたように感じます。コロナ禍を経てよりそう感じるようになりましたね。
ただ、放流会や産卵観察会以外の部分で、博物館自体の楽しさや活用性を追求したことで、来館者の満足度に関しては少しながら手応えは感じる事もあります。放流会も子ガメから、網にかかってしまい保護したウミガメにシフトチェンジすることで、保全と観光の両立を目指しました。ウミガメの上陸数に関してはすごく気になっています。ウミガメが減る理由の追求とウミガメを長年大切にしてきた町の人たちの思いが伝わるような、ウミガメへの負担が少ない産卵観察会ができないかと日々考えています。」
と答えてくれました。
田中さんは昔から街灯や建物から出る光、生活する上で必要なことだけど最近は特に明るさも増していて、そういう光にも原因があるんじゃないかとずっと言い続けてきたそうです。当時はそこまで注目される事もなかったが、最近ようやく少しずつ耳を傾けてきてもらえる様になったと言います。学説に当てはまらない環境もあるので色々な意見を慎重に吟味して、人と海とウミガメと信頼し合ってゆっくりと進めていく他に道はないんじゃないかなと話してくれました。
ウミガメの上陸産卵数に関しては誰もが気にしている事ではありますが、田中さんはもう一つ踏み込んでウミガメの事を考えているなと感じました。住民の生活や協力があっての美波町です。今後美波町としてもどういったアプローチをしていかないといけないか、一緒になって考えていく必要があると話してくれました。様々な人が色々な角度から意見を出し合い対応策を講じながら、どうにかウミガメに戻ってきて欲しいと願い試行錯誤している様です。その中で長年、ウミガメの事を考えながらより良い環境になる様にと意見を出し続けている田中さんがいると言うのは偶然に結びついた繋がりかもしれませんが美波町からしてもカレッタからしても非常に運の良い、カレッタやウミガメ達には欠かせない存在なのだなと改めて考えさられました。
ウミガメ達の生態系から導き出される新たな施設と苦労の末に導き出された答え。
リニューアルに関しては役場職員が話を持ってきてくれた事で大変ありがたい事だと感じています。そもそも、展示の他言語化は今回のリニューアルが始まる5年ほど前から話が出ており、情報が正しく伝わっていない為に、美波町役場に対してウミガメがたくさんいる事が虐待なんじゃないかと問い合わせもあったそうです。これまでの古い歴史があり誇れるものがあるのに、それを伝えきれていないのが悔しいと役場職員目線から感じるところがあった様です。
今回のリニューアルに関して、カレッタ側が出した要望としてはプールの改修があったと言います。「長年の人たちが積み上げてきた苦労あっての施設であったことは重々理解しているのですが、現存のプールは日本で最も古い時期から魔改造を続けてきたウミガメ専門の飼育プールだったという事もあり、掃除もすごく大変で、ウミガメ達にとっても狭く泳ぎにくいと構造上の問題を感じていました。また、繁殖の事を考えると上手く泳ぎ回れたり、職員が簡単に隔離でる構造がどうしても必要だと考えていました。」と話す田中さん。
今回の改修工事で新しくなるプールは期待に沿ったものになるのではないか?という質問に関しては、「ウクライナ戦争やコロナ禍など世界情勢の影響もあり、物資の不足や物価の上昇が大きく影響し、当初の想定より縮小せざるを得ない部分もあったが、カレッタとしてはできる限りのことは最大限できたと思います。」という力強いお言葉を頂きました。
また、
「あとは計画通り出来上がるのをヒヤヒヤ待つだけです(笑)」
とちょっと不安な気持ちも正直に伝えてくれました。
今回の改修はとても大変だった事があったようで、その事に関しても話をしてくれました。
「展示を考える際、短く簡潔にまとめる必要がある一方で、伝えたい情報をしっかり伝えることも求められます。しかも人によって伝えたい箇所と伝えたい内容が違うので取捨選択を人が少ない中で進めるのが大変でした。通常、他の博物館だと4、5人専門の人がいてその中で担当を決め協議しながら進めていくのが一般的なのですが、今回は援軍が2、3人いる程度で最初の文章を作り上げなければなりませんでした。しかも、途中で一旦白紙に戻った時期もあり施工のギリギリまで毎晩頭を悩ませながら展示の情報を整理しました」
と当時の大変だった記憶を思い出しながら話してくれた田中さん。
当初は文章は簡単にまとめ、模型などを見て理解してもらう方法が良いのではないかと考えていたが、模型等を業者さんにお願いすると費用が莫大にかかってしまい、決められた予算内でうまくまとめていくにはどうしたらいいか頭を悩ませたそうです。田中さん自身これは、
「僕の学芸員としてのスキルが少し乏しかった部分もあるので反省している。しかし、展示内容は良い物を伝える為に期限ギリギリまで必死になってまとめたので、なんとかカタチになり今は少しほっとしている」
との事でした。模型や標本に関してはこれからの課題で、今回の説示をいかすような展開を少しずつ進めていきたいとの事でした。
最後に田中さんが、「もうやりたくないですね(笑)」と一言。
その表情から田中さん達の苦労を感じる事ができ、ここまで一生懸命にまとめてくれた展示がさらに待ち遠しくなりました。本当にお疲れ様です!
これからのカレッタを想像する。田中さんが感じた大切な”要素” これからの時代に活かすために動いていく必要性を感じた
カレッタには初代館長の時代から「町ぐるみでウミガメを守っていくためには町の中の協力者が必要」という考えがあり、地域の人たちがみんなで一緒になって博物館を守っていこうという姿勢が大切と田中さんも感じられているようです。豊﨑館長時代には子ども教室を開いていた事もあり、地域の子ども達にウミガメが身近にいるという誇りを持ってもらうのが博物館の役割だと考えているそうです。
更に、日和佐だけでなくて他の産卵地、他の施設と連携しながらウミガメに対する教育、文化の向上が必要だと考えているとの事でした。
「阿南市の蒲生田海岸や海部高校がある海陽町の大里松原は、ウミガメの上陸産卵が危機的状況なのと同時に地域の子ども達へのウミガメ教育も危機にあり今後は近隣地域がもっとウミガメを通じた繋がりを持っていかなければいけない。」語る田中さん。
行政の枠に囚われない徳島の海岸線とウミガメとの関係について教育が必要なんじゃないかなと考えを話してくれました。
また、カレッタへ来てくれた人たちへのお願いはありますか?と聞いてみると
「室戸だけじゃなくて、こっちにも興味持ってもらえたらなと、逆にカレッタに来られた方は是非むろと廃校水族館へも足を運んでみて欲しい。それぞれの施設が置かれている地理的環境が違えば特色も違うので、それぞれの良い部分を楽しんで学んでもらえたらなと思っています。」との事でした。むろと廃校水族館とカレッタは今まで以上に連携が必要なのかもしれないと話してくれました。
一時、沖縄県にある黒島研究所やむろと廃校水族館へ出向いて他の現場を学ぶ為や視野を広げる為にカレッタを離れていた時期があったそうです。
その時感じた事の一つに、若い子達がチームになって一生懸命、和気藹々と様々な取り組みを行っており、自分の考えている事とはまた違った新しい意見や考え方をその時に感じたそうです。そして、若い子たちはとてもキラキラしていたとの事でした。
その時田中さんが素直に感じた事は自分の器量の小ささで、
「今まで、美波町やウミガメに関わることで経験を積み、自らを作り上げてきたつもりでしたが、いつの間にか、考え方が固着し、視野もせばまったとも思います。そのなかで、若い人たちの柔軟さや合理性を目の当たりにして、若い人間からこそ学んでいかないと、とも感じました。芯となる想いは持ち続けながらも、新しい世代の意見や発想を尊重し、取り入れることで、ウミガメと関わるにたる人物を目指したい。」と近い未来を見据えながら話してくれました。
今ある常識や考えに囚われずに新しい意見を取り入れ時代にあった方向へカレッタを導いてくれる様に感じました。幼い頃からカメたちに触れ続け、ウミガメの聖地として存在するカレッタで今ある問題点とこれからの改善点を日々考えながらの学芸員として勤めている田中さんがいることはとても心強い事だなと感じました。
新しく生まれ変わるカレッタが地域の人たち、また関連施設との繋がりを強化しながら日々進化していく姿は楽しみであり希望であるように感じます。今後も生まれ変わるカレッタをよろしくお願いいたします!
